屈折する星屑エセー

世はさだめなきこそ いみじけれ

祖母の死と虫の知らせ

今週のお題「ホワイトデー」

 

ちょうど一か月前開催されたマラソン大会になんとか生きている状態の祖母へ願をかけて走りました。 

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開催日は祖母の97歳の誕生日だったこともあり、どうにかしてその日を越えさせたかったのです。

 

そして去る3月11日に息を引き取りました。

ラソンの熱意が届いたのかはさておき、遺族からすると誕生日を迎えられて良かったなというところです。

 

お通夜も葬儀も子供、孫、ひ孫、甥や姪に囲まれて無事に冥途へと旅立ちました。

筆者の両親は共働きでしたが保育園には預けられなかったこともあって、半分は祖母に育てられたようなものでした。いわゆる”おばあちゃん子”として育ちました。

 

その大好きばばあが亡くなり親族が遠方からも続々と集まりました。

我が一族はとにかく集まって大騒ぎするのが大好きな人間ばかり。

近親者が亡くなったというのにもかからず爆笑の中、宴もたけなわとなったのです。映画『寝ずの番』に近い空気でいわゆる不謹慎という単語は誰も知りません。

 

 

そんな笑い疲れた帰りの車の中のことです。

妻がぼそりと打ち明けました。

 

 

「おばあちゃんが亡くなった時間に家のグラスが割れたよ。」

 

 

祖母は朝の8時25分に病院で看取られたのですが、その瞬間にどんなに乱暴に扱っても割れなかった IKEA のグラスにヒビが入ったそうです。

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なぜ早く言わなかったのか問い詰めると「だって怖いじゃん」と。

その時間筆者は職場で東日本大震災の犠牲者へ黙祷を捧げていた時間です。同時に祖母の魂にも祈っていたのですね。

 

これらは単なる偶然でしょうか。

まだ話は続きます。

 

遡って亡くなる前日の夜。

筆者はブログの記事(更新は滞っていますが下書きは貯めております)を書いていました。赤ちゃんが泣き始めたのでキリのいいところでテキストファイルを保存し、ノート PC をたたみました。

子供をあやしながらブログの続きを書こうと、もう一度 PC を開くと

そこには

 

 

 

 

またね

 

 

 

の三文字が。

ファイルは保存してアプリを閉じたので、文字を表示させるには新規でテキストを作成しないとあり得ないはずです。

 

筆者は祖母が旅立ったのを知りました。

妻に「おばあちゃん死んだかもしれんな」と言うと、何でと怪訝な顔をするのでその場はごまかし、父に祖母の具合を LINE で聞いてみました。

すぐに祖母の動画が送られてきたので「なんだ気のせいか」と思ったのですが、それは翌朝までのわずかな時間でした。

 

体験した本人じゃないと信じられない話ですが、今では”虫の知らせ”というのは本当にあるのだなと驚きよりも妙に感心しているところです。

しかしこのような状況を表す日本語が存在するというのが、古今東西不思議な体験が積み重なってきた証拠なのかもしれません。

 

怪談チックになりましたが、この怪現象には恐怖よりも感謝と申し訳なさのほうが強いです。一度もひ孫を会わせてないから挨拶に来てくれたのか、と。

筆者は仏教に対する信仰心を全く持ち合わせていないため、読経では何の感情の起伏もありませんが、このような現象が起きるとしんみりしますね。

これも生前死んだら挨拶に来るようにしつこく言い続けた結果でしょう。約束を果たしてくれてありがとう。

 

 

ところでおばあちゃんよ、「またね」ってどういう意味?

 

 

余談

祖母が死に、一族で最も年齢的にあの世に近くなった叔父が通夜の寝ずの番を本当に怖がっていたのが大変印象的でした。80前のおじいちゃんが怖くて夜トイレに行けないと“し瓶”を探していましたが、そんなもの葬儀場にあるはずがありません。

反対にマザコンの父は「お袋じゃねえか」と出てきてほしそうでしたが。

 

生前しつこく頼んでおくと、夢枕に立ってくれるというのがわかりました。

 

合唱